読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ファジーネーブル

その曖昧さを検索したい Twitter@bluemondayInc

メロディをMIDIで打ち込んでみる

メロディの作曲

メロディをつくってみた。
「明日は作曲を進めよう」そう思ってベッドに入った夜の矢先、とあるくだらない歌詞とともにメロディが頭に浮かんだ。

ブロッコリーズのテーマ』の次の一手を模索している最中だったから、がんばって起き上がってiPhoneのMusic Memosにアカペラで吹き込んだ。

それをMIDIに起こして、トラックに当てはめてみたのが次である。

 


EDMのように、リズムトラックを積み重ねてビートを加速させていくのではなく、あくまでロックの文脈でリフを創ろうと意図している。ちなみにキーについてはひとまず考えていない。

 

メロディの打ち込み

それにしても打ち込みは難しい。こんな短いメロディなのにとても時間がかかった。MIDIキーボードがないからだろうか。Logicの「ミュージックタイピング」でリアルタイム入力も考えたが、歌えても咄嗟にはどの音を歌っているのか分かっていないので、鍵盤での再現に時間がかかってしまい、やめた。打ち込みは「鉛筆ツール」でノードを置き、「ポインタツール」で引き伸ばしたり、ドラッグ・アンド・ドロップで移動させるなどして地道にやった。他にどんな方法があるのかあまりわかっていない。打ち込みスピードを上げる練習やその効率化の研究は、楽器の練習に比べてどうも気が乗らないが、みんなどうやっているのだろうか。

 

f:id:bluemonday-inc01:20170521191914p:plain


ソフトウェア音源は、「British Combo Synth Lead」を選んだ。こちらも正解がわからないため仮である。ベロシティもオートメーションも調整なし。サスティンも適当に。
MIDIを打ち込む作業をしたときの音源は「Classic Electric Piano」である。この音源は、ソフトウェア音源のトラックを追加した際に最初から選択されているものだが、妙にこもった音なのでこの音源で今後も打ち込むべきなのか考える必要があるかもしれない。


そして、前回12小節に増やしたヴァースだが、このメロディでは8小節しか使わなかった。ヴァースを削るか、メロディを追加するか。結論は先送りにし、余った4小節分のトラックは残しておくとする。


この段階でメロディに着手した理由を簡単に言えば、コードやベースラインをカスタムしていくことで主旋律の条件が規定されていくのを避けるためだ。この懸念については、Apple Loopsにチャレンジした前回の記事でも書いている。そんな懸念もあるいは、ただの杞憂なのかもしれない。もしくは、スキルに応じてケースバイケースかもしれない。いずれにせよ、それらに対する自分なりの回答はDTMを続けることで見つけていきたい。

次回は、コーラスへ展開させようか。それともヴァースに肉付けをしていこうか。

 

前回の記事

fuzzy-navel.hatenablog.com

Apple Loopsを使ってみる

DAWによる作曲の初手

 ギターやピアノ、あるいは脳内で曲が形になっていない状態からDAWによる作曲を行うなら、曲の構成について早い段階から考えておく必要があるかもしれない。

ヴァースは何小節で構成されるのか。
ヴァース内のフレーズは何小節でループするのか。

自ずとリズムパターンが土台になってくる。
リズムパターンを用意する際は、リフの最小単位だけ準備するのか、ヴァース全体の枠を決めるか、ワンコーラス最後までつくってしまうか、と言った決断が行われる。

これらはいわば作曲の初手だ。
決断と言うと大げさに聴こえるが、意外にもこういうところでその後の発想の多くを規定してしまうことを忘れずにいたい。


今回も特にアイデアはない状態だが、なんとなく持っていきたい方向を意識しつつ、Logicのテンプレートでは4小節だったヴァースを12小節に拡張してみた。また、テンポを128から143に上げてみる。バンドのテーマ曲だから、アップテンポでキャッチーなリフが欲しなあとイメージしている。

f:id:bluemonday-inc01:20170506192549p:plain

 

Logic Apple Loops

 さて、次はどうするか。
本当はギターを弾きたいところだが本命はあとにとっておく。録音スキルにも課題があるので、ここで詰まるわけにもいかないという事情もある。

ベースはどうか。
ベースはとりわけ楽曲の印象を決定づける楽器だと思っている。先にベースラインを決めてしまうと、そのベースラインの引力に作曲の自由意志が負けてしまう可能性がある。

ならば、シンセでいこう。
最終的にギターで代替することも念頭に置き、自由に取り外しができてフットワークの軽いシンセサイザーにアプローチしてみる。

f:id:bluemonday-inc01:20170506192626p:plain


というわけで、Apple Loopsから以下の二つのシンセサイザーを貼り付けてみた。

・Euro Slicer Synth 01
・Remix Slicer Synth 02

パンは均等に左右に振っている。

 

 

なるほどサマになっている。
Apple Loopsすごい。汎用性の高い音源ばかり揃っている上に、キーとテンポは自動で調整されるので、ほとんどの組み合わせがそれらしい響きを奏でる。


しかしながら、このクオリティは私たちアマチュア音楽家にとって諸刃の剣だろう。先述のように、トラックを固めていくと、知らず知らずのうちに曲のイメージが規定されていく。Apple Loopsをつかえばそれっぽい格好良さは維持されるが、オリジナルとして打ち出せる歌そのものやフレーズを、その後の何処かの段階で求められることには変わりない。その際、Apple Loopsで固められた格好良いトラックが、オリジナルフレーズのリズム、ハーモニー、音域、帯域の条件を狭めてくる可能性は大いにある。トラック固めが手軽な分、自由度が狭まるスピードも早い。あなたのオリジナリティは、Appleの優秀な音源に溶け込みつつ、その中で輝かなければならない。


そんなことを考えながら、次の一手を探してみよう。

 

前回の記事

fuzzy-navel.hatenablog.com

バンド名決まる

Logicのテンプレート

早速だがバンド名を決めた。

ザ・ブロッコリーズだ。

バンド名は、メンバーがイケメンであることが一発で伝わるものでなければならない。ブロッコリーズと聞いたら、繊細で中性的な黒髪のボーカリストや、お茶目な一面もありつつレディースの服を着こなす美意識の高いドラマー、寡黙で長身の技巧派でありながら天然発言で会場を沸かすギタリスト、ヤンチャなルックスに隠れたバンド随一の気使いベーシストの顔が浮かんでくると思う。


善は急げ。
かっこいいバンド名を決めたら、このプロジェクトが嘘っぱちだと疑われる前に曲をつくるのだ。

まずはLogicProXで、ブロッコリーズの記念すべき最初の曲のプロジェクトを作成した。むろん曲名は、『ブロッコリーズのテーマ』だ。

 

 


言いたいことはすべて伝わっただろう。
じつはこの音源は8小節しかない。しかもリズムパターンのみである。
それもそのはず。私はまだ、Logicのプロジェクトを新規作成し、その際用意されるテンプレートのひとつを読み込んだだけだからだ。
テンプレートは5つある。

・ヒップホップ
・エレクトロニック
・ソングライター
・マルチトラック
・空のプロジェクト

f:id:bluemonday-inc01:20170504231616p:plain

今回はエレクトロニックを選択している。
テンプレートを選ぶ際に、テンポ、キー、拍子などを設定することができるのはとても便利だ。しかし、構想がはっきりしている場合を除いて、この段階でこれらを決定するのは無理だと思う。
というわけで詳細設定はそのままにプロジェクトを作成した。

 

LogicからSoundCloud

ちなみに、SoundCloudにはLogicから直接アップロードしている。
今回のようにインターネットでのシェアを前提として曲を作っている場合や、デモ音源のシェアを行いたい場合はとても便利である。私も今回はじめてやってみた。
「 ファイル > 共有 > 曲を SoundCloud に... > (SoundCloudのウインドウが表示されるのでログインする) > (Logicに戻り曲タイトルなどを入力) > 共有 」の手順で行える。

f:id:bluemonday-inc01:20170504232446p:plain

次回はこの「エレクトロニック」と題された雛形をどう料理していくか。それを追ってみよう。

 

前回の記事

fuzzy-navel.hatenablog.com

アルバム制作プロジェクト

突然だがアルバムをつくりたいと思う。
理由は簡単だ。
私はプロのミュージシャンではないけれど、プロのミュージシャンみたいにアルバムをつくりたくなった。パッケージとして残るものを。

作品が後世に残るものかどうかは後世が決める。作品でお金をとるかどうかはリスナーが決める。作品を流通させるかどうかは誰かが決める。作品を残すことは自分が決める。

アルバムはある種の自伝である。自分の聴いてきた音楽や、過去の記憶が刻まれた自分らしいものをつくりたい。一方で欲もある。良い音楽だと思われたいし、すごいと思われたい。自分らしいものが自ずとインパクトに繋がれば良いけれど、そうなるかは完成してみたところでわからない。

 


このドキュメンタリーをはじめるまえに、少しだけ、土台となる状況を振り返っておく。

 

まず第一に、ちょっとしたギターリフや、コード、メロディ、歌詞の組み合わせはすでにたくさんのストックがある。その一部はフルコーラスの弾き語りで歌える。

第二に、DAWはLogicProXを使用する。しかし経験は浅い。打ち込み、ギター録音、ボーカル録音、ミックスまでやりきった曲は3曲、初音ミクを含めれば9曲である。

課題はDTMに多い。
Logicを使いこなせていない。オーディオインターフェースコンデンサーマイクは持っているがMIDIキーボードは持っていない。ループ音源とエフェクトを持て余し、イコライジングでドツボにはまる。

録音は特に苦手かもしれない。
練習が不十分なのに、RECボタンを押せば奇跡の名演ができると思っている。リテイクを繰り返す。そしてディレクションが出来ない。すごく良い気もするし、すごくだめな気もする。一晩寝てもわからない。モニタリングやクリックとの付き合い方も毎回手探り。マイキング、ノイズ対策、入力レベルでは決め手に欠ける調整を繰り返し、よくわからないままベストを尽くしたことにする。

そもそも、一時はDTMに積極的にトライしていたが、次第に奥が深すぎるこの世界に慄き、弾き語りをレコーダーに吹き込むだけの日々に帰ってきてしまった。

 


このブログに、アルバムをつくる過程を書いてみたい。デモトラックから思考の整理まで、勉強したことから実践したことまで載せてみたい。これまでの私は、スタート地点からの足跡を見失うことで、スタート地点で抱いたモチベーションまで見失ってしまうことが多かった。ブログを足跡にして丁寧に進めよう。音楽が完成する前から、足跡それ自体をコンテンツにできるのもブログの良さである。

さて、このプロジェクトは一番はじめにお楽しみが待っている。それはバンド名を決めることだ。

2010年、8ヶ月の夢とゲンロン0

「先輩。4月からエロゲの先生がくるらしいっすよ」
「エ、エロゲの先生?」
東浩紀っていうんですけど。エロゲに詳しいオタクらしいっす」
それってただのエロゲに詳しいオタクじゃないのか。

2010年3月。学部の後輩があることを教えてくれた。
それは4月から私たちの学部に新しい教授が赴任するという情報だった。
教授の人事なんてよくあることだった。
しかし私たちの関心を惹きつけたのは、その教授がエロゲに詳しいオタクであるということだった。

2010年4月、学部の四年生になった私は就職活動をしていなかった。
昔から音楽と小説が好きで、例によって大学生になってからはアニメを見て、ニコニコ動画を見て、初音ミクを聴いた。エロの有無を問わず、サウンドノベルに夢中になった。

私の大学入学は2007年春。ニコニコ動画の誕生は2006年末。細田守の『時をかける少女』は2006年。アニメの『涼宮ハルヒの憂鬱』と『ひぐらしのなく頃に』が2006年。新海誠の『秒速5センチメートル』は2007年。アニメの『CLANNAD』は2007年。初音ミクは2007年。そういう時代だった。

後輩のアドバイスに従って、私はエロゲの先生の授業を履修した。授業は『WEB文化論』と言った。学部で一番の大教室だった。教室に入って来た東浩紀を初めてみたときのことは鮮明に覚えている。

最初、その男はTA(ティーチングアシスタント)に見えた。やけに若く、もっさりしており、垢抜けてない。冴えない大学院生だなと思った。太っているところも、いかにも冴えない大学院生であり、歩き方もオタクみたいだった。そのとき私は大切なことを忘れていた。私は「エロゲに詳しいオタク」の授業を受けようとしていたのだ。

広すぎる教壇に立ったTAは高い声で自己紹介をはじめた。TAなのに自己紹介するのか。このTAは東浩紀の専属の弟子なのかもしれない。

彼が東浩紀自身であることに自己紹介の途中で気がついてから、私がどのようにして東浩紀にはまったのかは不思議なことに覚えていない。

5月、私はTwitterをはじめた。『クォンタム・ファミリーズ』は三島由紀夫賞を受賞し、受賞後の授業では東浩紀を拍手で迎えた。7月、発売したばかりのiPhone4を買った。WebブラウザをGoogleChromeに変え、ライフハッカーやギズモードを読んでブックマークを効率的に同期したり、iPhoneでブログを書いたりした。6月頃、高田馬場に住む宇野常寛をWEB文化論のゲスト講師として東浩紀は迎えた。ある学生のカンニングが、Twitter経由で東浩紀本人にバレた。ニコ生のアーカイブを見て、突発的なUstreamを見た。『ised 情報社会の倫理と設計』の発売記念イベントが大学で行われた。津田大介の金髪を見た。すべてのキッカケは東浩紀だった。夏にはほとんどの著作を読んでいた。私は相変わらず就職活動をしていなかった。一方で『コンテクチュアズ友の会』が発足し、東浩紀に軍資金がリアルタイムで集まっていく様を私はTwitterで見ていた。ネットでのPR活動だけで。

東浩紀とは体験である。当時、同じ体験をした人がたくさんいたと思う。
結果的に当時の私が必要としていた人生への打開策を東浩紀はもたらさなかった。それは当然だ。私は東浩紀に打開策を求めていたけど、彼はもっと素晴らしいものをくれた。それはありふれた体験だ。だけど、ある時代にある年齢でしか出会うことのできない体験だ。

秋、私は相変わらず就職活動をしていなかった。東浩紀以外の書籍も熱心に読んでいた。進学するつもりは全くなく、実家の世話になるつもりもなかった。Twitterは板についてきた。依然おもしろい時期だった。尖閣諸島問題が起きた。12月に発売される『思想地図β vol.1』に向け、界隈の盛り上がりはピークに達していた。それはシーンというやつだった。この頃FaceBookに登録したが、いまもそれは使っていない。

12月、私は卒論を仕上げて『侵略!イカ娘』のエンディングテーマと『思想地図β vol.1(ショッピング/パターン)』を買った。12月23日、青山ブックセンター本店で行われた象徴的なイベント「2010年代の言論空間 思想地図β創刊記念with早稲田文学×PLANETS」に出向いた。壇上のスターたちにサインや握手を求める学生や、卒論を渡す学生がいた。彼らは東浩紀に認知された。私はただその場にいた。面識はなかったが彼らは大学の同級生だった。私の就職は決まっていなかった。それなのに2010年は、なんて素晴らしいのだろうと思った。


2011年4月。結果として私は就職した。リーマンショックの影響が最も出た年であり、就職率は谷底だった。3月には忘れもしない大震災があった。『魔法少女まどか☆マギカ』が放映されていたがピンときていなかった。


この記事は2010年について語っている。2011年は重要な年だが、2010年は大切な年だ。2011年を起点にTwitter東浩紀も私も変わった。一般発売された『ゲンロン0』を読んだ。最高傑作だった。2010年4月から12月23日まで私が見続けた8ヶ月の夢は、2011年になって弾けたはずなのに、『ゲンロン0』で生きている。私は、私の人生を打開しない東浩紀を、これからも必要とする。

 

ゲンロン0 観光客の哲学
ゲンロン0 観光客の哲学
posted with amazlet at 17.04.15
東 浩紀
株式会社ゲンロン (2017-04-08)
売り上げランキング: 61

ロックスターと時の隔たり

上京して約10年経っているようだ。
途方もない時間だ。

高校卒業間際の10年前の私にとって、10年という時間はほとんど永遠と変わらないものだったように思える。多くのことが変わったのだろうが、感覚的にはなにも変わっていない気がしている。

これはとても恐ろしいことだ。

多くの大人たちが、気持ちは若い頃のままだと言うのを聞いてきた。
そんなのは無理がある、潔く現実を受け入れろと思ってきた。

しかし十年経って思うに、私たちは客観的な数値で社会における相対的な位置を目視し続けない限り、時の隔たりを感じることができない生き物なのかもしれない。

だから若者には、時に年長者がとても滑稽に映る。


問題は、その隔たりの不可視性を、そういうものと捉えるべきか、是正していくべきかという点だ。


大人は、時の隔たりを、意識して生きるべきなのだろうか。

 


社会生活を営む限りにおいて、年齢によってマナー違反や無知への許容ラインは異なる。若いから許されることがある以上、若くないことを認識しておく必要はあるのかもしれない。許容ラインの絶え間ない変化が、成長へのモチベーションとして機能している例も多いだろう。

しかし、逆に言えば、そこを担保できるのなら、私たちは時の隔たりにとらわれる必要はないのかもしれない。つまり、少なくとも体感的な若さそれ自体が、滑稽であることなど全くないということだ。

 

f:id:bluemonday-inc01:20170319142634j:plain

 

今日、チャック・ベリーが亡くなった。
ロックスターが寿命を迎える時代が、いよいよきている。

ローリング・ストーンズポール・マッカートニーボブ・ディラン
若くして死なず、老人になったロックスターたちは、おそらく半世紀前に地球上で誰一人として想像できなかったレベルで若く在り続け、ロックし続けている。ロックミュージックが誕生する以前の人類社会に、このような前例は存在したのだろうか。

彼らは、時の隔たりという尺度で、生き方の是正を行ってこなかった生き証人たちだ。
それが滑稽なものなどではなく、むしろ人類史のエアポケットに落ち、忘れ去られていた輝かしい本質であることを、ロックンロールは偉大なスターたちを通して再証明してきたのかもしれない。

 

ちなみにそのエアポケットの前で立ち止まって覗き込んだ最初の人物は、Chuck Berryという名の大男だと聞いたことがある。

スターバックスを誤解したなら If you misunderstood Starbucks

スターバックスは都会のオアシスだと思う。海外旅行にいけば尚更だ。

 現地に行って、グローバルフードを食べるのはなるべく避けているけど、スターバックスにだけはいくことにしている。落ち着くし、WiFiもあって、英語が通じる。価格帯にブレがないからスタバを基準に相場をはかれるのはちょっとしたテクニックだ。そしてどこの国でも必ず、その国に根ざしたカジュアルで温かい接客がある。

 


スターバックスでは必ずドリップコーヒーを頼む。

 夏はアイスコーヒー。肌寒くなる季節からはホットコーヒー。日本なら108円でワンモアコーヒーをオーダーできる。ドリップコーヒーはどこの国にもある。スタンドに並ばずその場で手渡してくれる。そして最も安い。スタバはドリップコーヒーが一番美味しいと思う。フラペチーノでもラテでもなく、スタバの無印のコーヒーこそが、私にコーヒーを飲む敬虔な歓びを与えてくれる。

 


スタバは高いという人がいる。

 私に言わせれば、彼らはそもそもコーヒーに価値を見出していない人か、スタバに来たからにはと言ってフラペチーノかキャラメルマキアートを頼まなければならないという強迫観念に駆られている人のどちらかだ。お気の毒に。ドリップコーヒーにおいて、確かにドトールよりもマックよりも高いが、その分味は確かであり、またルノアールより安い。コーヒーを愛し、喫茶店に休日の遊びを見出し、あるいは喫茶店に平日の癒やしを求めることのできる人間なら、フラペチーノを仮想的にする前に、腰を折ってプライスカードを見なければならない。

f:id:bluemonday-inc01:20170220225653j:plain

 


スタバのコーヒーは美味しくないという人がいる。

 セブンイレブンのコーヒーと大差ないと。私は問いたい。あなたはスターバックスの店舗が提案する空間とスターバックスに馴染めてしまう人々を苦手とするだけではないのかと。決してコーヒーの味なんてあなたは分からないのではないのかと。馴染めない気持ちはわかる。鼻につく気持ちもわかる。セブンイレブンのコーヒーで満足しているのもわかる。でも、スターバックスのコーヒーの味をあなたが知らないで言っているのなら、まずはテイクアウトしてほしい。そしてその足でドトールに入り、MacBookを広げている大学生ではなく、レッツノートを広げている営業マンの隣で、十分にリラックスしてほしい。自分の居場所に帰ってきたと思えたら、そこで本当のスターバックスを味わってみよう。

 


彼らとスタバの間にある距離を広げているのは彼らの自意識だけだ。

 そして、私たちとスタバの距離を近づけているのは、私たちの自意識ではない。真に居心地の良く、好める味でなければ、それこそ自意識に投資するには、いちコーヒーショップを愛好するコストは高すぎるものだ。家で飲むコーヒーも美味しい。街の小さな喫茶店での飲むコーヒーは至上のときだ。ただ私は毎週末、大好きなスターバックスに通うだけだ。